自殺者

昨日、2020年4月の自殺者が、昨年より20%減ったニュースを目にした。

これはこの5年でもっとも大きい減少幅ということで、コロナの影響とみて間違いないと思う。それでも一か月に1455人もの方が、自死という選択をしていることをとても悲しく思う。

 

このニュースについて、ひろゆき氏が以下のようにツイートをしていた。

 4月は確かに経済が止まっていたし、それによって自殺が減ったのは確かだけれど、こんなに端的に言われてもなあ...と思ってしまった。

 

私は死にたいと思ったことは何度かあるし、なんとなく自殺の方法を考えてみたり、どういう道具を使えばいいかみたいなことは考えたことはあるが、今はこうやって生きているので、自死を選ぶ人の気持ちを完全に理解することはできない。

なのでもしかするととてつもなく見当はずれで不謹慎なことかもしれないのだが、今の自分にはしっくりきた考えなので述べてみたいと思う。

 

 何が死にたさを加速させるかというと、どうにもならなさ、八方塞がり感なのではないかと思う。自分自身がたとえどう頑張ろうと無理そうだと思ったり、頑張る気力が折れてしまった時に、死にたいと思うのではないか。

つまり、誰かが平和に楽しく過ごした「変わらない毎日」が、誰かにとっては死にたくなるような「変わらない毎日」であって、淡々と続く毎日それこそが自分を苦しめる要因だったという人もいるのではないかと思う。

そう考えると、今このような緊急事態と呼ばれる状態は、「もしかすると明日は何かが変わっているかもしれない」という淡い期待が生まれる状態なような気もする。

 

もちろんこのコロナ禍は私たちの社会に甚大な損失をもたらしていて、これからまさに絶望へ突入せんという人がたくさんいると思う。現在進行形で死に向かっている人がたくさんいるかもしれないと思うとやるせない気持ちになる。そういう方には一刻も早い経済的、心理的ケアが必要だと強く思う。

ただ、もしこの非日常に淡い期待を見出すことができて、自死を免れた人がいるのだとしたら、この先の社会の大変革をどうにかくぐり抜けてほしいと思うし、それは間違いなく希望だなと思う。

 

そしてやっぱりひろゆき氏のツイートの軽薄さが腹立たしい。

経済止めたら自殺者減ったじゃん、みたいな簡単な話では絶対にないと思うし、もしドヤ顔で「いやでもファクトなんで」とか言われたら顔面をグーで殴ってしまいそうである。